水原秋桜子 「土佐路」
水原秋桜子「馬酔木」主宰の足摺への道は汽車で終着駅窪川で降り、車で4時間半走り続けて土佐清水に至り、30分かけて岬にたどり着いた。汽車での時間を加えると6時間半かかっている。時に昭和38年10月28日、秋桜子初見参の岬の突端では、大きな入日が水平線に沈もうとしていた。
根釣り今落暉のもゆる中に立つ 秋桜子
懸崖や根釣のすがる道ぞなき 同
壮大な景観の中の一点を凝視する秋桜子の鋭い視線が、足摺の流れる時間を一瞬止めた。それは根釣という里人の営みを、季節の詞として蘇らした。秋桜子は根釣について「晩秋潮が冷たくなると洞に魚が寄ってくるので、これを釣り上げるのを根釣りという。古くからある季語だ。釣師たちは近頃磯釣りという言葉を使っているが、季語とすることは無理である」と語っている。夜十二月の月を見た。29日の朝を岬で迎える。
岬端や大灘わたる月ばかり 秋桜子
涛声をつらぬく鵯や日の出待つ 同
地元から同行した小松孝一郎の句に
岬の道また逢ふ月の吟行子 耕一郎{耕子}
足摺岬やさしき波に残る虫 同
少し大きい文字 岩は皆渦潮白し十三夜 水原秋桜子 句碑 土佐清水市足摺岬に氏の訪れを記念して建立されている
- 2014/02/16(日) 23:20:48|
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